...ふーっ、今日も残業かぁ。
もうこんな時間、疲れたなぁ...
月も終わりに近づき、いつものように仕事のピークが近づいてきた。また、いつもの月末がやってくる。
「ちょっと飲んで帰るか」
いつもの年とは違う休日を前に、いつもの悪い癖が顔を出す。
武蔵小金井駅に着き、いつもの店に寄ってみる。外は雨。
「いらっしゃい」
いつものカウンター席に座ると、いつもの注文。
「生、ひとつ」
程なく、ジョッキが運ばれる。
「あー、うまい」
心の中で、つぶやく。ほっと、一息。
「焼き鳥セットです」
男は子供の頃から焼き鳥はタレと決めている。
焼き鳥を口に運びながら、いつもと違った昨日までを思い出す。
「楽しかったなぁ」
...昨日、男はこれまで誰も見たことのない景色を見ていた。
東京スタジアム。そこには歴史を作った男達が、まだ誰も見たことのない景色を見ていた。
ラグビーワールドカップ
これから、初めて経験する決勝トーナメント。
4年前、届きそうで届かなかった夢の舞台。
相手は過去2度の優勝を誇る南アフリカ。
4年前、世界中を驚かせた“奇跡”を演じた相手。
全力で“奇跡”を積み重ねた結果、勝ち取った舞台に、再び現れた相手。
もう、それは“奇跡”ではなかった。同じ立場で次のステージをともに目指す。
スタジアムは、それぞれの期待と不安が入り乱れる中、異様な興奮状態に陥った。
キックオフ
試合は前半、力と力がぶつかり合う。
これまで世界を魅了したスピードラグビーは伝統の力の前に行く先を失う。世界最強の圧力は献身的な守りに跳ね返される。両者一歩も引かない攻防が繰り広げられ、僅差でハーフタイムに。誰もがこのときまで、あの“奇跡”を思い返していた。
そして、後半。徐々に“奇跡”は現実へと引き戻される。もう、ここは“奇跡”の起こる場所ではなかった。少しづつ遠のく“奇跡”。
それでも、誰も諦める者はいなかった。
最後の最後まで全力を尽くした結果、その時を迎える。
ノーサイド
夢の時間は終わった。
すべてを出し尽くした男達の姿。少しの寂しさと、それを凌駕する達成感。スタジアムはお互いへの尊敬と感謝に包まれた。
そこにあるのは、圧倒的な現実、そして次へ向かう者達の希望。ここは夢の終焉の場。そして、新たな始まりの場となった。
夢を追い続け、そして、それは途絶えた。それは新たな舞台を目指す瞬間でもあった。
そう、それは終わりではなく、これから続く歴史への通過点。
スタジアムは、これまでの感謝と次のステージへの希望に包まれ、再び興奮に酔いしれた。
...あれは昨日。いつもとは違う昨日。
そして今日はいつも通りの今日...
でも、今日は、明らかに昨日とは違う今日。いつもとは違う今日。
また、新しい日々が始まる。
いつも通りの今日を新しい今日に変える瞬間でもあった。
...あーあ、いつも通り、また飲み過ぎたぁ...
男は少し苦笑いを浮かべる。
そろそろ帰るかなぁ。明日もあるし。
心躍らせた日々を振り返りながら、最後の一杯を飲み込む。まだ見ぬ明日を思い、少しだけ心躍らせながら。
ごちそうさまでした!
(今日も飲み過ぎました。いつもながら反省ですね^_^;)
ありがとう、ブレイブブロッサムズ!