おはようございます。
今年も早いものでもう9月。夏も終わり、いよいよ芸術の秋ですね。
(まだ、残暑も厳しいようですが・・・)
今回は、まだ夏真っ盛りの中、見に行った展覧会です。久々の西洋美さん。
国立西洋美術館開館60周年記念
「松方コレクション展」
です。
西洋美コレクションの原点となった松方コレクション。そのコレクションが、実は数奇な運命にみまわれ流転を繰り返していた・・・
作品はもちろん、それにまつわるエピソードも興味深い展覧会です。
今回も、まとまりのない内容ですが、しばしお付き合いを。それでは美術展へ。
※ 以下の記述は松方コレクション展の作品説明、図録、Web上の解説等を参考に記述しています。また作品の写真などは図録・撮影可能な常設展の展示を撮っています。
[目次]
I.展覧会概要
(1)展覧会:国立西洋美術館開館60周年 松方コレクション展
今回の主役・松方幸次郎は1866年1月17日、薩摩藩(鹿児島県)の下級藩士・松方正義の三男として生まれます。父・松方正義はのちの第4・6代の内閣総理大臣です。
幸次郎自身も7年におよぶアメリカ留学の後、神戸・川崎造船所(現・川崎重工業)の初代社長として迎え入れられ、日本の産業界をけん引した人物です。
第一次世界大戦下の船舶需要に乗り、業績を拡大する中で、1916年(大正5)、訪問先のロンドンで画家・ブラングィンと知り合い、美術品の蒐集を始めます。これが松方コレクションの始まりです。最初はイギリス美術中心でしたが、1917年(大正7)、パリ・ロダン美術館のベネディットと知り合い、ロダン作品を発注。ここから、フランス絵画・彫刻の蒐集が本格化します。日本のため買い戻した浮世絵8,000点を加えると、1万点におよぶ大コレクションとなります。
松方幸次郎はこれらのコレクションを展示するため、日本初の本格的な美術館「共楽美術館」の設立を夢見ます。盟友のブラングィンがその構想図を手掛けています。
しかしながら、この美術館が実現されることはありませんでした。
第一次大戦後の不況、関東大震災を受けて起こった1927年(昭和2)の昭和金融恐慌。川崎造船所はこのあおりを受け経営危機に。幸次郎は責任をとって翌1928年(昭和3)に社長を辞任。会社整理の中、美術品も売り立てられます。そして第二次世界大戦が勃発した1939年(昭和14)にはロンドンの倉庫火災でコレクションの約950点、特にブラングィンの重要作品の多くが焼失してしまいます。翌1940年(昭和15)、パリ・ロダン美術館に保管されていた作品が疎開を開始。この年の6月にはナチス・ドイツがパリを占領しています。戦火を逃れる中、コレクションの管理を一任された日置紅三郎は、経費捻出のため一部作品を売却します。1944年(昭和19)、疎開先から作品がパリに戻ると今度は「敵国人財産」としてフランス政府に接収されてしまいます。こうして、コレクションは次々と散逸していきました。
戦後、1950年(昭和25)6月24日に松方幸次郎は隠遁先の鎌倉で84年の生涯を閉じます。
その後、1952年(昭和27)、松方コレクションは正式にフランス政府所有となります。日本は返還活動を行い、1955年(昭和30)に日本への寄贈返還が本格化します。
1959年(昭和34)、ついに松方コレクション375点が日本に引き渡され、展示するための美術館として同年6月10日、国立西洋美術館が開館します。
前置きが長くなりましたが、これでも書き足りないくらいの物語です。
開館から60年。流転を繰り返した作品達が辿り着いた安住の地での記念展です。
(2) 会場:国立西洋美術館(上野)
JR上野駅 公園口から東京文化会館の右を抜けて直ぐ。2・3分くらいのところです。
(3) 会期・開館時間・展示替等
2019/6/11(火)~9/23(月・祝)
・月曜休館です。ただし9月16日、23日の祝日は開館です。
・開館時間は9:30~17:30です。金・土曜日はナイトミュージアムで9:30~21:00です。
・展示替え・巡回展はありません。
(4) 料金
大人1,600円、大学生1,200円、高校生800円、中学生以下無料
・前売り(1,400円)購入で行きました。
(5) 訪問時間と混雑状況
8/12(月・祝) 12:30頃 鑑賞時間は約80分でした。
・チケット売り場は20分待ちでした。事前にネットで購入することをおススメします。
・展覧会場も混んでいます。(ただ、入場待ちはありませんでした)
(6) 美術館メモ
・写真撮影はNGです。
・音声ガイドは橋本さとしさんです。(私は利用していませんがご参考まで)
・図録は2,700円。このほか、絵ハガキ・クリアファイル・ノート等もあります。
「松方コレクション展」図録 | 図録専門販売サイト MARUYODO
・9/7 14:00からは「松方コレクション 百年の流転」という講演会があります。(西洋美主任研究員・陳岡めぐみさん。聴講無料ですが聴講券、観覧券(半券)が必要です)
(7) 行くきっかけ(情報源等)
2018年の「日経おとなのOFF」1月号で見たときから、行くことは決定でした。
II. 展覧会所感
(1) 個人的な所感
西洋美さんの常設展示で何回も見ている作品も多いのですが、このような物語が背景にあることは、あまり深く知りませんでした。いかに「ぼーっ」と見ていたか、少し反省です。(チコちゃんに怒られそうです)
いずれにしましても日本が世界に誇れる西洋美術コレクション。今回は西洋美さん所蔵ではない作品も含め展示されています。あらためて壮大なコレクションを堪能できる展覧会です。
それでは、いよいよ会場内へ。
(2) 展覧会の構成と気になる作品
美術館入口には今回の展覧会の目玉の一つ「睡蓮、柳の反映」のデジタル推定復元図が展示されています。(ちょっと光っていて写真では見にくいですが・・・)
プロローグ
プロローグにはモネとブラングィンの作品です。
クロード・モネ「睡蓮」1916年(以前、常設展で撮影)
幸次郎は1921年にジベルニーにあるモネのアトリエを初めて訪れ、親交を深め、作品を購入しています。松方コレクションを代表する一枚。
フランク・ブラングィン「松方幸次郎の肖像」(1916年)
幸次郎とブラングィンが出会った頃の作品。作品の裏には「1時間で描く」とあるように、素早いタッチでモデルの特徴を捉えた作品。二人の気の置けない間柄がそのポーズから伝わるようです。
I ロンドン 1916-1918
この展示室は壁面一杯に作品を並べていて、あたかもロンドンの画廊やアトリエに入ったかのような感じがします。歴史画や宗教画も多く並びますが、私が好きなのは、やはり「ラファエル前派」です。
ダンテ・ガブリエル・ロセッティ「愛の杯」1867年
ジョン・エヴァリット・ミレイ「あひるの子」1889年(以前、常設展で撮影)
ラファエル前派に偏った紹介になってしまい申し訳ありません。本当にいろいろなの作品が展示されています。
ジョヴァンニ・セガンティーニ「羊の毛刈り」1883-84年
近代イタリアを代表する画家・セガンティーニの作品です。写実的な画風、少しバルビゾン派を思わせるような牧歌的世界が印象的です。
II 第一次世界大戦と松方コレクション
ここでは、戦時下のイギリスの作品を中心に展示されています。兵士の様子を描いたリトグラフなどが多数あります。
テオフィル・アレクサンドル・スタンラン「帰還」1918年
アール・ヌーヴォーの黒猫のポスターで有名なスタンラン。ポスターとはうって変わって、戦場の兵士や人々の生活を伝える作品を残しています。このような作品が含まれているこのコレクションの幅の広さ、奥行きの深さを感じます。
III 海と船
松方幸次郎は造船会社の社長です。またコレクションの形成に影響を与えたブラングィンも元船乗でした。このことが、コレクター松方に影響を与えないわけがありません。このエリアでは海と船にまつわる作品が展示されています。
シャルル=フランソワ・ドービニー「ヴィレールヴィルの海岸、日没」1870年
水辺の画家・ドービニーの穏やかな風景画です。
IV ベネディットとロダン
美術館建築が明確な目標となった幸次郎はロダン作品の蒐集を始めます。ロダン美術館を率いるベネデイットとロダン作品に関する大型契約を取り交わし、世界有数のロダン・コレクションを手にします。そして、ベネディットはパリにおける作品購入の代理人となり、ロダン美術館旧礼拝堂がフランスでの松方コレクションの保管場所となります。幸次郎にとっても、ベネディットにとっても、それぞれの美術館を作り上げる上でお互いが重要な人物となっていくのです。
オーギュスト・ロダン「地獄の門」1880-90年
西洋美前庭の大きな彫刻です。ダンテの「神曲」を主題としたロダンの代表作は幸次郎の発注を得て、実現に向かいます。
この展覧会。既に美術館の敷地に足を踏み入れた時から始まっていたのです。
V パリ 1921-1922
私にとっては、ここが松方コレクションのメインです。印象派をはじめとして多くのフランス作品が並びます。
ピエール=オーギュスト・ルノワール「帽子の女」1891年(以前、常設展で撮影)
私にとって、松方コレクションで真っ先に思い出す絵です。なんとなくリラックスした感じが伝わります。
シャルル・エミール=オーギュスト・カロリュス=デュラン「母と子(フェドー夫人と子供たち)」1897年
縦190.5cm×横127.8cmとかなり大きな作品です。お母さんに抱き着く子どもの様子がなんとも可愛らしいです。お姉さんの方は少しおすましでしょうか。
この作品、横に額だけの展示があります。本来だったら、その額に入れられるはずだったのですが、サイズが合わず、入れるのを断念したそうです。そんな作品にまつわるエピソードも面白いですね。
ギュスターヴ・クールベ「波」1870年頃
フランス写実主義の画家、クールベ。自然の厳しさを写実で伝える美しい一枚です。
ギュスターヴ・モロー「牢獄のサロメ」1873-76年
モローも松方コレクションに収められています。
フィンセント・ファン・ゴッホ「アルルの寝室」1889年
こちらは、松方コレクションの一枚ながら、日本に来ることがなかった作品です。フランス政府が重要作品として返還を拒否した作品で、現在はオルセー美術館にあります。ベッドと壁の位置など、完全に現実的な世界から「はみ出して」いますが、それが画面の持つ「力」になっているように感じます。
VI ハンセン・コレクションの獲得
1922年、コペンハーゲンの実業家ウィルヘルム・ハンセンの珠玉のフランス絵画コレクションの一部を手に入れています。マネ、モネ、ドガなどの作品が含まれています。コレクション散逸期に多くが売却されるも日本の美術館に代表的な作品は残っているとのことです。
エドガード・ドガ「マネとマネ婦人像」1868-69年
こちらの絵、画面右が切り取られている。マネが気に入らず、ピアノを弾く奥様の顔を切り取ってしまったことでも有名です。マネの顔も格好もいかにも不機嫌そう。いったい何があったのでしょう。
VII 北方への旅
1921年の渡欧時、幸次郎は海軍から最新鋭潜水艦の設計図を入手するように命じられ、遂行しています。派手に蒐集された松方コレクションはこのスパイ活動のカモフラージュだったのではないかと言われますが、定かではありません。この頃、幸次郎は北欧を訪れ、コレクションの蒐集を行っています。
エドヴァルド・ムンク「雪の中の労働者たち」1910年
ムンク作品はこのほかにも有名なモチーフ「吸血鬼II」等、数点展示されています。
VIII 第二次世界大戦と松方コレクション
この時期は松方コレクション散逸の時期です。1万点におよぶ松方コレクションは昭和金融恐慌のあおりを受け、川崎造船所の経営破綻とともに散逸が始まります。そしてれロンドンの倉庫火災、ナチス・ドイツから逃れるための疎開、フランス政府による接収。数奇な運命をたどり、1959年にようやく今の国立西洋美術館にたどり着くのです。
ピエール=オーギュスト・ルノワール「アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)」1872年
フランス政府が返還を拒んだほどの重要作品、ルノワール初期の代表作です。パリの一室を描きながらエキゾチックな雰囲気漂います。
エピローグ
最期はモネの大作「睡蓮、柳の反映」1916年です。
最初のデジタル推定復元図の原画です。かなりの部分が痛んで消失していますが、モネの睡蓮に注がれた思いが伝わります。完全な形で日本に来ていたら、そんなことを思うと少し残念な気持ちにもなりますね。
(3) 最後に
松方コレクション展。いかがでしたでしょうか。展示作品150点以上。
多岐にわたる作品で、全然紹介しきれませんで。見ようによっては無作為に蒐集をしているとも取れますが、その時代に価値ある作品を集めた松方コレクションは切り口によっていろいろな表情を見せてくれます。また、松方幸次郎の日本に本格的美術館を作るという夢がその規模を膨らませていったのだと言えるでしょう。残念ながら、松方幸次郎自身はその美術館を目にすることはできませんでしたが、今、こうして私たちの前に厳然とコレクションの価値は計り知れないものだと思います。
ちなみに松方コレクション返還時にフランス政府からついた注文が
「変換した作品は専門の美術館に展示すること」
そして、できたのが国立西洋美術館。ル・コルビジェの設計で、いまや世界遺産。本当にこのコレクションの持つ力はすさまじい。
(絶対、映画になりますよね。このストーリー)
それでは、最後にリンクです。
上野でやっている展覧会です。
こちらも、まだまだ開催中です。
ここまで、お読みいただき、ありがとうございました!
暑かったり、涼しくなったりと体にはこたえますが、お風邪などひかれませんように。
ではでは。
エドゥアール・マネ「嵐の海」1873年(ベルン美術館蔵。特別出品です)